p resent 01







「柊、寝るならちゃんと髪乾かせ。お前はただでさえ長いんだ。風邪を引く」
「おや、心配してくれるのですか?」
「お前は・・・・・・、そういう云い方しか出来ないのか」

 柊が髪を乾かすのもそこそこにベッドを背に目を瞑っていると、入浴を終えた忍人がバスタオルで頭を拭きながら、脱衣所から出てきた。柊としてはただぼうっとしていただけなのだが、忍人は寝てしまっていると思ったらしい。咎めるように小言を述べられて、柊は揶揄うような微笑みを浮かべる。
 忍人は不機嫌そうに眉を寄せて、再び脱衣所へと向かうと、手にドライヤーとブラシを持ってきた。テーブルの上に置いて、コンセントを差し込むと未だベッドに凭れたままの柊を促す。

「ほら、乾かしてやるから」
「・・・・・・珍しいこともあるものですね。忍人が乾かしてくれるのですか?」
「珍しいと思うなら、俺の気が変わる前にさっさと座れ」

 ドライヤーを片手に云われ、柊は思わず目を丸く見開いた。普段の忍人ならば、忠告するだけで終わる。わざわざ行動を起こすことなど滅多に無い。今日の忍人は何故だか妙に優しくて、調子が狂うことばかりだ。夕食が何時もより豪華で柊の好きなものばかりだったこともそうだし、こうしてあっさりと泊まっていってくれることもそうで。何かあるのだろうかと思うものの、柊にはさっぱり思い当たる節が無い。

「せっかくですし、お願いしましょうか」

 せっかくの申し出を断るのも勿体無いと柊は身体を起こして、忍人の前に座った。ドライヤーの電源が入り、勢いよく温風が出てくる音がする。少し熱いくらいの風が髪に当たって、金がかった明るい色の髪が散らばる。それをブラシで丁寧に梳きながら、忍人は柊の髪を乾かしていった。温かい風が地肌に当たるのが気持ちいい。
 ドライヤーの音が大きくて特に会話らしい会話などはないけれど、就寝前の寛いだ和やかな空気に柊は不思議と笑みが零れた。
 ふと大きな風音の合間に忍人の声が聞こえた気がして振り返ろうとすると、忍人に動くなと頭を固定された。背中どころか腰にまで届きそうな長い髪は見た目に違わず量も多い。意外と柔らかい癖っ毛を忍人は時間をかけて完全に乾かすと、ドライヤーを切って、整えるようにブラシを通した。

「出来たぞ」
「有難うございます、忍人」

 振り向いて礼を云うと、忍人はぷいっと横を向いて微かに顔を赤くした。そのまま、今度は自分の髪を乾かし始める。柊よりも短く、量も少ない髪はすぐにさらさらと忍人の頬を滑るようになった。
 コンセントを抜いて、ブラシとドライヤーを洗面台へと片付けた忍人はキッチンによって、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、二つのグラスに注いだ。片方を柊へ手渡す。

「おや、有難う、忍人」
「別に」

 素っ気無い返事をして、忍人はミネラルウォーターを飲み干す。柊もまたグラスに口をつけた。空になったグラスをテーブルに置きながら、忍人がちらりと時計を見る。
 柊もまた忍人を追うように視線を投げた。テレビボードの上にあるデジタル時計は今、23時53分を示している。もう少しで日付が変わる。思ったより遅い時間だと感じた。

「忍人」
「何だ、柊・・・・・・っ!?」

 グラスを置いて、柊は忍人の腕を掴んだ。いきなり強い力で引き寄せられ、忍人はバランスを崩して、柊の胸へと倒れ込む。くぐもった抗議の声がして、それから恨めしげな目が柊を睨んだ。
 柊はそんな忍人の髪を梳き、首筋を撫でて、頤を捕らえる。水に湿った少し赤い唇にゆっくりと口吻けると、忍人は僅かに身動ぎをして、大人しくなった。唇と唇を執拗に擦り合わせ、柔らかさを堪能する。しばらくして唇を離すと濡れた吐息が唇から漏れた。

「っは、何を・・・・・・、っ待て、今は・・・」
「どうしてです? 泊まっていってくれるということは、覚悟があったのではないのですか?」
「そ、れはそうだが・・・・・・、あと少し待ってくれないか・・・・・・」

 必死に呼吸を整えている忍人を柊は背後にあるベッドへ引き上げた。咄嗟のことに抵抗出来ないでいる忍人の身体を組み敷いて、柊は水色のパジャマのボタンを手際よく外していく。すぐに白い胸が露わになり、その肌理細やかな肌を味わうように手を這わせる。けれど、忍人は困惑した表情で柊の手を払い、パジャマの前を掻き合わせた。拒まれるとは思っていなかった柊は驚いたように目を見開く。
 忍人が柊の部屋に泊まる時、その晩に身体を重ねることは暗黙の了解となりつつある。そもそも部屋が隣同士なのだから、別に柊のベッドで男二人が眠る必要性は何処にも無い。それなのに、忍人が柊の部屋に泊まるということは、そのまま二人が抱き合うことを意味していた。だから柊は忍人が「今日は泊まる」と云った時、心の中で舞い上がっていたのだ。
 忍人は気まずそうに視線を逸らして、懇願するように言葉を紡いだ。そう云われてしまっては、柊としても無理強いは出来ない。
 ぎゅっとパジャマの端を握り締めて、忍人はひたすら時計と睨めっこしている。時間が関係有るのだろうか。あと少しと忍人は云っていた。
 柊は忍人を腕に抱くようにしながら、ベッドに横になった。頭に疑問符を浮かべながら、忍人の動向を見守る。シンプルなデザインのデジタル時計はもうすぐ0時を表示しようとしている。

「柊、」

 数十秒の後、無音が続く中で忍人が小さな、隣にいる柊が何とか聞き取れるくらいの声で名前を呼んだ。ぼんやりと眺めていた忍人の横顔がこちらを向いて、何か云いたげに唇が開く。けれど、決心が付かないのか、うろうろと視線を彷徨わせ、もごもごと口の中で含んだ言葉を転がしている。
 頬を朱色に染めて、じっと見つめてくる忍人に柊は理性がぐらぐらと揺れるのを感じた。元々ここ最近、まともに忍人に触れていない。忍人の大学の試験が終わったと思ったら、今度は柊の方の〆切が二本重なってほとんど自室へ缶詰状態だったのだ。その上、ただでさえお預けを食らっているというのに、そんな顔をされたら。理性が振り切れて、制御が利かなくなってしまう。
 そんな柊の葛藤も知らずに忍人は未だ何かを話そうとしては噤むという行為を繰り返している。煮え切らない態度に柊はつい促すように口を出してしまった。

「何か、云いたいことでもあるんですか?」
「あ、いや・・・・・・その、・・・・・・・・・・・・誕生日おめでとう」

 忍人はそれでも云い辛そうに唇を開いたり閉じたりしていたが、たっぷり間を空けてようやくその言葉を紡ぎ出した。瞬間、耳まで茹蛸のように真っ赤になる。
 柊は忍人の様子をまじまじと見つめ、ぽかんと呆けた顔をした。訳が解らなかった。ただ忍人の照れたような声が耳の奥で響いて。

「お前の誕生日は四年に一度しかないだろ。今年は無い。だから、28日と1日の日付が変わる間に云いたかった。・・・・・・結局、遅れてしまったが」

 恥ずかしそうに上目遣いで、忍人は少し苦笑いをする。忍人の説明を聞いて、柊はやっと忍人が自分の誕生日を祝ってくれたのだと気付いた。
 原稿に追われていて日付の感覚がいまいち曖昧だった。そうでなくても、きっと柊は自分の誕生日など覚えていなかっただろうが。だからこそ。忍人が覚えていてくれたことが嬉しい。精一杯、祝おうとしてくれる忍人の気持ちがあったかくて逆上せてしまいそうだ。胸に何か温かいものが込み上げてくる。柊はそれを幸せなのだと思った。
 この胸を満たす感情、それに名を付けるなら、幸福と呼ぶのがふさわしいのではないかと。だって、こんなにも目の前の人が愛しいと感じるのだから。

「プレゼントも一応用意したんだ・・・・・・、お前が気に入ってくれるかは解らんが・・・・・・っ?」
「忍人っ!」

 照れ隠しなのかぶっきらぼうに告げる忍人を柊は掻き抱いた。腕の中にある確かな感触がどうしようもなく大切で、愛しくて。決して柔らかくは無い、しっかりとした身体。
 忍人は困った顔で柊の肩に頭を預けた。頬を首筋に摺り寄せて、表情を隠す。それでも柊の抱擁を拒むことは無く、両腕を柊の背へ回して、自分から抱き締め返した。

「ひいらぎ?」
「有難う。ありがとう、忍人」

 柊はそう呟いて、忍人を抱く腕に更に強くした。忍人は大人しく身を任せている。柊は少しの間そうやって忍人を抱き締めていたが、しばらくして落ち着いたのか腕に込めた力を緩めた。
 シーツの上に梳いたばかりの黒髪が乱れて広がっているのを、ゆっくりと撫でてやる。忍人は心地良さそうに目を閉じた。身体を起こして、忍人の薄い瞼に口吻ける。それから顔中に触れるだけのキスを落として、最後に深く唇を重ね合わせた。舌を滑り込ませると答えるように忍人の舌が絡んだ。舐めて絡めて吸って。呼吸困難になりそうな濃厚な接吻。離れた唇から銀色の糸が引いて、ふつりと切れる。はあはあと荒い息を吐いて、忍人はふと思い出したように口を開く。

「そうだ、プレゼント・・・・・・」
「明日で良いです。それより今は・・・・・・忍人が欲しい」
「・・・・・・っ」

 テーブルの傍に置いてある鞄へと視線を向ける忍人に柊は即答して返した。さっきまで焦らされていたのに、またここでお預けを食らいたくなど無い。忍人が心を込めて、あれこれ悩んで選んでくれたであろうプレゼントを後回しにするのには罪悪感が湧いたが、それよりも早く忍人が欲しかった。
 耳元で今の気持ちを伝えれば、忍人は頬を朱色にして、息を詰めた。率直な言葉で求められては、忍人に拒絶など出来ようはずもない。諦めたように再び瞼を伏せると、柊は忍人の円やかな頬に長い指を滑らせた。










>> next



 お蔵入りさせるのもなあ、と思って上げてみました。この現代パロの忍人さんは柊が好きすぎると思います。髪乾かしてあげるの萌え。忍人さんが柊の髪の毛結って上げるのも良い。ちなみにこのパロの柊は基本ポニーテール。ポニテは萌える。
 この後はR指定ですが、ほんとにエロだけなんで、読まなくても全然大丈夫です。